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新年一発目の城攻め。毎度の事ながら年末から体調を崩しており、ようやく外出できるくらいまで復活したので、今回は軽めの城を攻める事にする。 ・赤山陣屋(埼玉県川口市) 関東郡代として活躍した伊奈忠次の嫡男忠政と、その子忠勝は共に若くして死去したため、武蔵小室藩は三代で断絶となる。これに伴って、武蔵国赤山に七千石で陣屋を持っていた忠次の次男忠治が関東郡代を後継し、赤山陣屋がその政庁となった。西側にある山王神社から探索開始。陣屋跡は現在公園として整備されており、周囲を囲む空堀が良く残っている。特に北側の空堀は見ごたえ十分。車の場合には、北側の東京外環自動車道の側道から入ると良いだろう。 ・伊奈氏陣屋(埼玉県北足立郡伊奈町) 徳川家康に従った伊奈忠次が、家康の関東入部に伴って関東郡代(関東代官頭)としてこの地に陣屋を構え、武蔵小室藩の政庁となった。現在は大部分が農地となっているが、搦手門周辺などを中心として山林に空堀遺構が残っている。しかしながら、官庁側と地域住民との間でトラブルがあるようで、周囲には史跡指定に反対する地域住民の怒りが書かれた立札が乱立している。このため、見学しているソレガシも何だか歓迎されていないような心境になり、ゆっくりと見学することができない(汗)。というわけでそそくさと撤退したのであった。 ・栢間陣屋(埼玉県南埼玉郡菖蒲町) 徳川十六神将の一人内藤正成が、徳川家康の関東入部に伴ってこの地に五千七百石を賜り陣屋を置いた場所。現在は栢間小学校となっており、校庭の南側に木碑が建つほかは遺構は見られない。この木碑がある場所から少し南西に歩いた場所に、内藤家の菩提寺である善宗寺があり、境内には内藤家累代の墓がある。 ■関連リンク →埼玉県の城(Hatabo's Homepage) |
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